kowas
初出公開:2003/8/4、最終更新日:2003/8/4
2003/5/23、金曜日は仕事を早めに切り上げた。 今日中に欧州大陸側に渡る為である。 週末からの三連休を利用して、私は、同僚ご夫婦のお供兼、運転手兼、おじゃまむしとして旅行に参加することとした。 行き先は、ベルギー、オランダである。 まずは、フェリーに乗るためにドーバーを目指さねばならない。
私が住む町からドーバーへはかなり遠い。 フェリーに乗り遅れないように高速道路を超高速で突っ走る。 唸れボルボ号! ドーバーへ近づくと、連休を大陸で過ごそうとする人たちの車が増えだした。 ドーバーは、イギリスにとって一番大陸に近い町であり、ユーロトンネルもこのドーバー海峡の下を走っている。
フェリーからみたドーバー港 ガケが切り立った地形 |
ドーバーからフランス、カレーまではフェリーで一時間ほど。 フェリーの料金は、三人+車一台で料金は59ポンド(約12,000円)だった。なかなかお得ではないか。 フェリーに乗ると、まずは座席確保が重要である。 料金が高めのレストランに陣取るのがいい。うるさい若者の侵入を防ぐことができるからである。 やがてフェリーは出航した。港を振り返ると港のあたり以外は断崖絶壁になっている。 第2次大戦中、ドーバーとカレーの距離が近いのにもかかわらず、ドイツ軍が上陸できなかった理由がわかったような気がした。
8:30の出航で到着は10:30。 イギリスと大陸には時差があり、大陸側では一時間、時計を進める必要がある。 実質一時間の船旅だが、二時間の船旅だったことになる。
フェリーはカレーに到着し、わたしたちはフランスに上陸した。 道路が左側通行から右側通行になったのを注意しながら、 本日のホテルへと向かう。 本日のホテルもベルリンの時と同じく、ホテルIBISである。 翌日は、6時半に出発し、ベルギーはブルージュを目指すことにした。 ブルージュは、ベルギーきっての美しい町として知られている。
ところで、6時半出発ということはイギリス時間で5時半出発を意味する。果たして起きることができるのだろうか。
初出公開:2003/8/15、最終更新日:2003/8/15
大陸時間で5時半に起床した。ということは、イギリス時間で4時半起床だ。 釣りにでも出発するかのような早起きである。 身支度を整え、ホテルの食堂へ降りる。 朝食はバイキング形式になっていて、クロワッサン、スクランブルドエッグ、ソーセージ、オレンジジュース、カフェオレをいただく。 大した朝食でもないのだが、やけに美味しい。 なぜ、狭いドーバー海峡を渡っただけで、こうも食べ物の味が違ってしまうのか、イギリス人に訊いてみたいものだ。
ブルージュの街、遠くに鐘楼が見える |
予定通りにホテルを出発し、ベルギー(Belgium)はブルージュ(Brugge)へ向かう。高速道路の乗り換えが少し複雑で迷ったが、方向が定まってからは好調そのもの、8時過ぎにはブルージュに到着してしまった。駅地下の駐車場に車を停め、街の中心部まで散策することにする。
水の都ブルージュはかつて水運で栄えた、 ハンザ同盟の街。 可愛らしいキャンディーショップを横目に見ながら、 マルクト広場(Grote Markt)に到着。 雨がぱらついてきたので、レストランに逃げ込み、カフェオレを飲む。 この広場にはギルドホールと83メートルもあるという 鐘楼(Halleen Belfort)があり、 東側には、西フランドル州庁舎が建っている。 ちなみに鐘楼は世界遺産だ。
ブルージュの運河 |
広場を離れると、朝市を発見。えらく歴史がありそうな建物の軒先で店が開かれていて、数百年前から続いてそうな感じ。魚屋では干物が売っており、日本人の口にも合いそうだ。その後は美味しそうな店構えのチョコレート屋さんでお土産を手に入れた。ベルギーといえば、レース、チョコレート、ビールである。レースを買おうとは思わなかったが、同僚ご夫婦はベルギービールも購入。我々は観光もそこそこに次の目的地をオランダ、デン・ハーグ(Den Haag)に定め、出発した。
ベルギーからオランダへ入国するとすぐにアントワープ(Antwerpen)の街である。日本人にとってのアントワープとは、ダイヤモンドの町であり、またフランダースの犬の舞台であろう。ところが私にとってのアントワープとは、
きんどーさん:「あ~今日も大勝利だったわねー」のアントワープなのである。アントワープのリングロード(環状線)を走りながら私は深い満足感を覚えた。
としちゃん : 「クリスマスにはアントワープに一番乗りですよ」
そうじくん : (なにしに学校いってるんですかっ!?)
マカロニほうれん荘 秋田書店 少年チャンピオンコミックス 第3巻 独立攻撃隊西へ!!の巻
途中のパーキングエリアで軽食をとりながら、かなりの距離を走りきり午後三時ごろにはデン・ハーグに到着した。この街はハーグとも呼ばれ、「デン」が何を意味するのか今をもって謎である。この港町に訪れた理由は、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」を見るためである。
マウリッツハイス王立美術館 |
当日の宿泊地をアムステルダム郊外に定め、ホテルを予約。その後、 マウリッツハイス王立美術館(Mauritshuis Musium)に向かう。この美術館には、上記の絵以外にフェルメールによる「デルフトの眺望」そして、同じくオランダ出身の画家レンブラントの「デュルブ博士の解剖学講義」、最後の「自画像」を所蔵している。
良い絵がたくさん所蔵されていたが、「真珠の耳飾りの少女」の素晴らしさは図抜けていた。レンブラントも素晴らしいが、フェルメールはもっと素晴らしい。多作家の彼と寡作のフェルメールでは絵の緻密さが違って当然とも思えるが、フェルメールの絵は完璧という言葉が相応しい。美術館の売店では「真珠の耳飾りの少女」を模ったマグネットを購入した。
美術館を出た後、レストランでムール貝を楽しみつつ、ビールを飲んだ。ムール貝はボイルドもいけるが、いためてもなかなかの味だ。そして、アムステルダムに向かった。ホテルについたのは8時過ぎ。外はまだ昼のように明るいが、その一日は終わりにした。有意義であった。
初出公開:2003/9/8、最終更新日:2003/9/8
多分有名な跳ね橋 |
前日 Ibis Amsterdam Airport に宿泊した我々は、この日遅めに出発。 このホテルは、名の通りアムステルダム近郊のスキポール空港(Amsterdam Airport Schiphol) 近くにある。 アムステルダムは、すこし治安が悪い上、宿泊料も高く、駐車場も高価。 そんな理由で郊外に宿泊したのである。
ホテルからスキポールまでは送迎バスで移動し、そこから鉄道でアムステルダム都心へと向かう。 駅はスキポール空港の地下にあり、非常に便利。30分しないうちにアムステルダム中央駅に到着した。
最初の目的地は、国立美術館(Rijksmuseum)である。 アムステルダムには路電が張り巡らされており、市内はこれを使って移動する。 しかし、今回は水都を楽しむべく、観光案内付き水上バスを利用することにした。
国立美術館内 奥の部屋に「夜警」がある |
水上バスは、アムステルダム市内を環状に結んでいる。 我々は乗降自由チケットを購入した。 水面は薄汚れてパッとしないものの、乗り心地は悪くない。 案内も興味深い。 今も残る水上生活者は、電気、ガスなどはうまく手に入れているものの、電話がないのでインターネットがつなげなくてデジタルデバイドを引き起こしているとか、 アムステルダムは、アムステル川のダムがあった場所に出来た町だったなど…。
国立美術館近くで舟を降りる。 美術館は大通りを挟んで向かいである。 入場すると改装中らしくほとんどの絵画が見れない。 しかし、 フェルメール 「牛乳を注ぐ女」他3点は見ることができたのでよしとする。 レンブラントは、大作「夜警」が所蔵されている。
軽く食事の後、ゴッホ美術館(Rijksmuseum Van Gogh)へ移動。 ゴッホ美術館は、最高に素晴らしく、ゴッホの年代別展示あるいは、その他の所蔵絵画も大ボリュームかつレベル高い。 ゴッホが自殺する直前の作品「烏の飛ぶ麦畑」の狂気ぶりは必見である。 また、ゴッホが深く影響を受けたといわれる広重の「大はしあたけの夕立」などがある。 浮世絵の美しさが、西洋画家の作品に負けていないのに満足する。
ゴッホ美術館の物量には驚き。すべてを見終わった我々はもうふらふらであった。 一日に美術館を二軒もはしごするものではない。 国立美術館は改装中ではあったものの、どちらの美術館も素晴らしかった。 ただ、時間がない中でどちらを見るべきかといえば、ゴッホ美術館をお勧めする。
その後は、市内の日系レストランで食事。 (しかしあえなく玉砕)飾り窓を冷やかしつつ、不意に入ったスペイン料理屋は非常に美味しかった。 我々は、気持ちいい酔いに身を任せながらホテルに戻った。翌日は、イギリスに帰る日である。
初出公開:2003/9/21 最終更新日:2003/9/21
風車のある風景 |
イギリスに帰る日。早めの出発でフランス、カレー港に向かう。 フェリーに乗るため、夕方にはカレーに到着している必要がある。 移動距離を考えると結構厳しい道程になりそうだ。 ところが、オランダを出る前にひとつやりたいことがあった。 オランダ名物、風車の写真を撮りたい。
アムステルダムから、アントワープに向かう高速道路のそばに風車を見かけたことがあった。 それを狙うことにする。 アムステルダムから風車までの間、運転をお任せして車窓を眺めるが、オランダの風景は本当につまらない。 何しろ、平地しかないのである。 すべて埋立地なので当然のこととはいえ、地平線を見ながらの移動は、日本育ちの自分には違和感がある。
オランダではよく自転車が利用されることを指してエコ先進国として評価しすぎる人がいるが、 平地しかないオランダと坂だらけの日本の環境を同列に考えるのは間違いである。 オランダにはオランダの最適があり、日本には日本の最適がある。
やがてパーキングエリアのそばに良さげな 風車 を発見するが写真を撮るには遠い。そこで高速道路を降り、風車への接近を試みた。 うろうろ周辺を迷いながら接近に成功し、写真を撮る。 その日は無風で風車は動いていなかったが、 かつてはこの風車も国土建設の為に働いていたのだろうか。
スーパーのチーズコーナー |
この後、風車近くの街で地元のスーパーを発見、買い物タイムである。 目的は、昼食用のパンと、ビールの購入である。 私は、アムステルビールをゲット。 ロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズで、食通の探偵は、このビールを世界一と評するが、世界一ビールがまずい国の探偵のいうことはあまりあてにならないと言っておこう。
その他、スーパーの一角にチーズコーナーがあった。見事なので写真を撮る。
さて、来た道を逆に戻り、3泊4日の旅行は終了した。 オランダもベルギーもよい国で、住んでもよいかと思えた。 但し、双方とも非常に税金が高い国なのである。 ちょっと、住むのはシンドイかも。
---仏白蘭ドライブ旅行 おわり---